今月の標語 2023年

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2023年 「2月の標語」

三種の文字

―――  パーリ増支部経典

「この世には三種の人がある。岩に刻んだ文字のような人と、砂に書いた文字のような人と、水に書いた文字のような人である。
  岩に刻んだ文字のような人とは、しばしば腹を立てて、その怒りを長く続け、怒りが、刻み込んだ文字のように消えることのない人をいう。
砂に書いた文字のような人とは、しばしば腹を立てるが、その怒りが、砂に書いた文字のように、速やかに消え去る人をさす。
水に書いた文字のような人とは、水の上に文字を書いても、流れて形にならないように、他人の悪口や不快な言葉を聞いても、少しも心に跡を留めることもなく、温和な気の満ちている人のことをいう。」

怒りは人間が普通に持つ感情であり、怒るべき事柄に対して怒るのは当たり前のことだと思われています。
ただ、その一方で、怒りの感情は心身共に少なからず悪影響を及ぼしますから、怒りをコントロール出来れば、それに越したことはありません。
この三種の文字の譬えでは、怒りに対して人間のモデルが3つ提示されています。
岩に刻んだ文字のような人とは、怒りが消えない人のこと、砂に書いた文字のような人とは、怒っても怒りが速やかに消える人、水に書いた文字のような人とは、そもそも怒ることのない人のことです。
2012年10月の標語で、
「怒りを捨てよ 慢心を除き去れ いかなる束縛をも超越せよ
名称と形態とにこだわらず 無一物となった者は 苦悩に追われることがない」
 (法句経(ダンマパダ)第17章 怒り 221)
というお釈迦様のお言葉をご紹介しましたが、仏教的には、これが「怒り」についての基本的立場です。

1970年代にアメリカで、怒りの感情と上手に付き合うための心理教育、心理トレーニングとしてアンガーマネジメントが生まれました。
怒らないことを目的とするのではなく、怒る必要のあることは上手に怒れる一方で、怒る必要のないことは怒らなくて済むようになることを目標としています。
アンガーマネジメントは、違いを受け入れ、人間関係を良くする心理トレーニングです。

アンガーマネジメントとは、直訳すると「怒りの管理方法」となります。当初は犯罪者のための矯正プログラムなどとして活用されていましたが、時代と共に一般化され、企業の研修などにも取り入れられるようになりました。

人は自分がこれまで大事にしてきた価値観や理想を裏切られたときに怒ります。不安や不満などのマイナスの感情や思いがガスのように溜まっていると、自分の中にあった「○○すべき」という理想や価値観が裏切られたときに、着火スイッチが入ります。そしてマイナスの感情が溜まっているほど、怒りの炎が大きく燃え上がってしまうのです。
「○○すべき」という強いこだわりと、マイナスの感情・状態の2つがそろうことで怒りは発生しますので、
逆に、どちらかを減らすだけでも、怒りを小さくすることができると言えると思います。

一方で、怒りにはもうひとつ、建設的な面があります。例えば、スポーツで負けたときに悔しさや自分に対する怒りをバネにして練習に励むように、怒りは人を動かすモチベーションとしても有効活用できるのです。
そのため、アンガーマネジメントでは「怒らない」状態を目指しません。怒るべき場面では上手に怒り、怒る必要のない場面では怒らなくて済むようにトレーニングをします。怒りを区別し、自分が主体的に感情を選択できるように、一種のスキルとしてアンガーマネジメントを身に付けるのです。

アンガーマネジメントが注目されるようになった背景に、価値観の多様化があるようです。
さまざまな価値観やライフスタイルを認め合う社会へと変わっていこうとする一方で、世のなかにはまだまだ、自分が信じてきた価値観以外のものを受け入れられない人が多くいます。そのような人たちが、自分と異なる価値観を持つ人と接する機会が増えたため、怒りを溜めこみやすくなってしまったのです。

アンガーマネジメントを身に付けて、怒りを管理できるようになると、怒るか怒らないか自分の責任で感情を選べるようになります。その結果、怒りによって出る衝動的な言動や行動を抑制でき、適切な問題解決やコミュニケーションにつなげられるようになりますし、ストレスも減少します。

以前、坐禅会で怒りをコントロールする方法として、ご提言をさせて頂いたことがありました。
怒っているという状態を表す表現として、「頭にくる」、「胸がむかむかする」、「腹が立つ」といった言葉がありますが、もし、御自分に怒りが芽生えているな、と気がついた時、「体のどこに「怒り」が来ているか、よく観察してみてください」とお話ししました。
実際に、試みた方がいらっしゃって、「観察しているうちに可笑しくなって笑ってしまった」という方もいらっしゃいました。ちなみに、私は「頭にくる」が一番多いです。(-_-;) 
アンガーマネジメントには、「怒りを静める「6秒ルール」」というものがあることを最近知りました。
「怒りの対処術に共通するのは、「怒りに反射しないこと」です。そのため、自分の怒りを感じたら、まず6秒待って怒りを静めましょう。」とありました。私のご提案がまさに合致していたようで、嬉しくなり、なつかしく思い出しておりました。

 また、私自身の場合、子供のころから、通知表などに長所として「正義感が強い」などと書かれていました。
そして、御明察の通り、正義感が強い、「〜あるべき、と思う」ということは、「怒り」が湧きやすいということでもあります。ですから勧善懲悪モノのテレビドラマなど大好きで、ワクワクしながら観ておりましたが、さすがに齢70も過ぎますと、世の中そんなに絵にかいたように、理想通りにはいかない、と遅ればせながら思い知りましたので、「怒り」の元になりそうな事柄を察知したら、可能な限りそこから逃げ出す、接しない、手放す、ということを心がけています。
「怒り」に対しては、そのような対処もあっても良いのでは…と人生の終わりに近づいた今、思い始めています。

2023年 「1月の標語」

筏(いかだ)のたとえ

――― 中阿含経巻第54ー200「阿梨糟o」

ある時、仏陀はこのように法を説かれました。
「例えば、皆さん。ここに一人の旅人がいて、道を歩いているとしましょう。彼は大きな川のほとりに辿り着きました。そこから彼は川沿いを歩こうと考えましたが、川のこちら側は大変危険な道です。一方、川の向こう側は、見るからに歩きやすそうです。そこで彼は向こう岸に渡ろうと思ったのですが、川の流れは思った以上に急で、あたりを見回しても、橋はおろか、渡し船もありません。
しばらく考えた彼は、川岸に生えている草木を使い、筏を作って渡ることにしました。そして無事向こう岸に辿り着いたのです。そして、無事に川を渡った彼は思いました。
『この筏はなかなか役に立つな。ここに残していくのは惜しいくらいだ。よし!せっかくだから、この筏は肩に担いで、どこまでも大切に持っていくことにしよう!』
さて皆さん。これを聞いてどう思いますか?果たして、彼はそうすることで良かったのでしょうか?」

弟子たちは一斉に答えました。「そんなことありません!」

仏陀はそれを聞いて頷きました。「では、どうすれば良かったのでしょうか?
「師匠!筏は置いていくべきです!」と、弟子たちは答えました。

その声を聞いた仏陀は微笑みました。
「このように、私は筏に喩えられる法を説きます。それは、渡るためであって、捕らわれるためではありません。
このような法を理解したならば、あなたたちは、たとえ私の説いた法であろうとも、捨てるべき時には、捨て去るべきです。ましてや、非法ならば尚更の事。」
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筏のたとえ話で、筏を捨てるべきであるということは、納得できたとしても、最後に私の説いた法であろうと捨てるべき…と言われて、納得できる方は多くはないように思います。
禅の基本的な教えの中に「不立文字(ふりゅうもんじ)」という言葉があります。これは「言葉や文字に捕らわれてはいけない」という意味です。
「不立文字」は、禅宗の開祖として知られる達磨様(ボーディダルマ)の言葉として伝わっており、「文字(で書かれたもの)は解釈いかんではどのようにも変わってしまうので、悟りのためにはあえて文字を立てない」という戒めです。
仏陀の教えを、達磨大師が別の表現を使って説明なさったものと言えます。すなわち、ここでは言葉や文字が筏に当たるというのです。

言葉では、自分の考えを100%表現することはできませんし、受け手の受け取り方で、大きくその意図が変わってしまうことがありますので、言葉や文字を使う側も受け取る側も充分な注意が必要であり、言葉の使い方は慎重に行うべきと説いています。

だからといって禅では、言葉や文字を使わないかというと、そうではありません。
「不立文字」という「文字」で書き表すところに、それが最も如実に表れている良い例だと思います。
上手く表現するのはなかなか難しいですが、「貼り紙禁止」という紙を、壁に貼るような自己矛盾を含んでいるという言い方もできると思います。
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平成17年(2005年)本堂を改築していただき、住職に就任してから17年が経ちました。翌年からお寺のウェブサイトを開設し、毎月この標語を更新して参りましたが、本当に文字にしてお伝えすることの難しさを痛感しております。このような中でも、続けることができたのは、ひとえに、読んで頂いている方たちがいらっしゃればこそと、心から感謝申し上げます。毎月必ず、御読み頂いた感想をお寄せ下さる方もいらっしゃり、大変励みになるだけでなく、ご指摘頂けることが、私自身の気づきや学びにつながりますので、本当に有難く、引き続きよろしくお願い申し上げます。

また、一方で、言葉とは全く別の喩ですが、最近、ご葬儀が続き、お仏壇やお墓について、新たにご相談を受ける機会が多くございました。ご高齢の方とお話ししていて気がついたことですが、同じ仏教でも宗派や、今までのやり方にこだわりの強い方がいらっしゃるのです。それより下の年代ですと、お墓や仏壇、戒名等にはあまりこだわりがなく、仏壇や位牌も購入しない、お墓も建立せず、初めからお寺の供養塔に納骨したいという方も増えてきました。ウチがいつもお世話になっている石材屋さんは、「最近は新たお墓の建立はほとんどなく、墓終いばかりです。」と嘆いていました。
この石材屋さんに建ててもらった境内にあります合祀の供養塔にそろそろ100体近くお入り頂いたことでも、お分かり頂けると思います。
今までのやり方に縛られている高齢者の方とお話ししていますと、宗派や仏壇が、前述の例えの「筏」になってしまっているのではないかと感じました。
お釈迦様が、皆さんが「ウチは本願寺だから。」「いや禅宗だから。」と言っているのをお聞きになったら
「それは一体なんのことですか?」と驚かれることでしょう。

仏事も時代の変遷に伴い、当然、ご供養の仕方も変わっていくわけですから、お寺としてはあらゆるケースに対応する必要に迫られてきております。ですので、ご高齢の方も、孫子の代に、従来の価値観を押し付けるのではなく、柔軟な態度で臨んで頂きたいと切に願っております。

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