今月の標語 2022年

2022年 「5月の標語」

かんじんなことは
目に見えないんだよ

――― 『星の王子さま』サン=テグジュペリ

皆様は『星の王子さま』をご存じでいらっしゃいますか?
フランスの作家・飛行士 サン=テグジュペリが、子供向けに書いたものですが、人間にとって大切な事柄、真実の教えが随所にちりばめられています。本書の中の名言として、よく取り上げられているのが「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」という言葉です。

いつも標語の感想を寄せて下さるYさんが以下のようなメールを下さいました。
「25年前の神戸児童殺傷事件の被害者の方のお父さんの、コメントを目にしました。5年前に亡くなられた奥様の生前の言葉がすごく印象的で…」と。

事件の概要を申し上げますと、1997年(平成9年)の2月から5月にかけ、5人の小学生が被害を受け、2人が死亡し、2人が重軽傷を負いました。犯人は事件当時、中学3年生の少年A(当時14歳)で、殺人・殺人未遂などの容疑で神戸家裁へ送致され、関東医療少年院へ長期収容されました。その後、「矯正教育により、再犯のおそれはなくなった」と判断されたため、逮捕から約6年9か月後の2004年(平成16年)3月10日に仮退院を認められ、社会復帰しました。
犯人の少年Aが酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)と名乗っていたことから、「酒鬼薔薇聖斗事件」とも呼ばれています。

今年、3月23日、このうち小学4年生だった山下彩花さん(当時10)の命日に、父親の山下賢治さん(73)が報道各社にコメントを寄せました。
(コメント要約)
最愛の娘彩花が10歳でこの世を去って25年経ちましたが、彩花の存在が薄れることはありません。事件後、想像を絶する絶望感に陥りながらも、歩み続けることができたのは、妻京子の存在が大きかったのですが、闘病の末、5年前に亡くなってからは、周囲の皆様のおかげで、ここまで歩んでくることができました。妻・京子が綴った手記の言葉は、今も私の胸に刻まれております。私たち家族が20年をかけて学んだのは、「試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる」ということです。

彩花さんのお母様、山下京子さんが出版なさった『彩花へ「生きる力」をありがとう』を取り寄せ拝読しました。
「言葉や肌の色、文化や習慣が違っても、地球上のどこに住んでいても、命はどこまでも平等なはずです。それなのに悲惨な出来事は起き続けています。私はその背景に、一つには「生命」への哲学の希薄さを感じるのです。
自分と他者との差異を認めることができず、他者の命も自分と同じだけ尊いという、あたりまえのことがわからなくなっているのでしょう。
 もうひとつは、「死生観」が曖昧になっていることがあるように思われてなりません。なぜ自分がこの世に生まれ、限られた時間を生きて死んでいくのか。その大事なことを誰も教えてくれない世の中になっているのです。」
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確かにごもっともなお説ですが、全文を読んでみて、正直申し上げて、違和感が残ったのも事実です。後にも述べますが、山下さん自身が「私は、人間は死んであの世に行って仏さんになるとは思ってませんので」と書いてしまった時点で,死生観をよく学び、練られているようには見受けられません。
「なぜ自分がこの世に生まれ、限られた時間を生きて死んでいくのか。その大事なことを誰も教えてくれない世の中」と言い切ってしまっていますが、そんなことはありません。このHPでも今まで扱って来ているのは、そのようなことばかりですし、様々な方たちが、様々な情報を、手を変え品を変え、発信しておりますので、ちょっとでも、自分から手に入れようと探してみれば、いくらでも手に入る時代です。学んでこなかった自分の怠慢を世の中のせいにしてはいけません。
今まで生きて動いていたものが「死ぬ」ということに人々は愕然とし、底知れない恐怖を覚え、そのためにこそ、宗教や哲学は、長い長い時間を費やし、歴史を通じて、答えを模索し続けて来ました。
本書を通して、お母さんが、それらを少しでも学んだ形跡がないことがとても残念に思っております。
お母さんの言葉として「試練の中でこそ魂が磨かれ」とありましたが、その魂という言葉をどのような意味で使っておられるのか…しまいには「燃え尽きた星と同じように大宇宙に溶け込んでいるであろう彩花」とありますので、まさか魂も燃え尽きてしまったと思っておられるのでしょうか?そこのところに矛盾を感じました。

彩花さんは、死んでもご家族に「自分はここにいるのよ」、と一生懸命伝えようとしているのに、本書を通して得た印象では、彩花さんのメッセージは全くご両親には伝わっていないように判断せざるを得ません。
だからこそ、彩花さんが「燃え尽きた星と同じように大宇宙に溶け込んでいる」と、捉えざるをえなかったのでしょう。
「目に見えないもの」からのメッセージ、娘さんからのメッセージがお母さんの元へ届いていないことが大変残念で、もったいないことと感じました。そばにいた彩花さん自身も歯がゆい思いをなさったことでしょう。

亡くなった娘さんからのメッセージというと、驚かれるかもしれませんが、やはりよく標語の感想をお寄せ下さるN子さんは、普通に「メッセージがきた」と教えて下さいますので、そんなに稀有な状態ではないと思っています。
私もご葬儀を通して、亡くなった方からのメッセージも普通に伝わってきますのでご遺族にお伝えすることもあります。特に、長年病気で患われた方は、死ぬことによって、苦痛だらけの重たい体から解放され、たとえようのない喜びに包まれていることを感じます。そのようなご葬儀は、勤めさせて頂けただけで私も嬉しく感じます。
よそから頼まれたご葬儀で、初めてご遺体に対面した時に、その方が起き上がって「お世話になります」と必死で挨拶なさろうとするので、ご遺族に「貴方のお父様は大変、律儀な方だったのですねぇ。一生懸命御挨拶なさっていますよ。」と申し上げ、驚かれたこともありました。どうも当たっていたようでした。目の前にあるのはご遺体でも、その方の心は十分に伝わってきます。

そこで冒頭の言葉「かんじんなことは 目に見えないんだよ」を今月の標語に致しました。山下京子さんの著書の中に、以下のような記述もありました。
少年のハンマーによる一撃を頭に浴びて,彩花さんはICUで意識不明のまま,激しく顔を腫らしますが、事件から5日後の21日になって,顔の腫れは一気に引き始めます。
「少年の狂気のハンマーは,彩花の頭蓋骨を打ち砕きました。 しかしそのハンマーも,彩花の命の内面を打ち砕くことはできませんでした」。
そして,命は誰も作ることができないし,終わらせることもできない,「少年の凶行など,彩花の生死を微塵も左右するものではないことを, 彩花の命の力が高らかに宣言した」と考えるのです。
その翌日には,彩花さんの顔はまるで笑っているようにもなり、そしてその姿に,この世の悪意や耐えがたい苦しみを乗り越えていこうとする「生きる力」を,お母さんは得たと言います。
 「彩花はきっと自分の命の深いところに刻まれた罪業のようなものを、一気に出し切ったのではないかと私には思えます。(中略)もしかしたら何度生まれ変わっても少しずつ背負わなければならなかったものを、ひとまとめにして出し切ったのではないかと思うのです。(中略)P98。
これで永遠に、自在に生ききっていける自分自身になれた。そんな凱旋者の微笑みでした。

大変な名文ですから、涙を禁じ得ないところですが、意地悪を承知で申し上げれば、いくら一時的に容体が回復し、「凱旋者の微笑み」を見せたとしても、結果的に心臓や脳はその機能をストップし、臨終を宣告され、荼毘に付されて、最終的には遺骨になっています。
肉体はなくなっても、確かに彩花さんの存在を身近に感じ、彩花さんの魂が安らかになっていることを「心で」感じることによって初めて安心できるのでは、と思いますし、死後の彩花さんの存在を確信してこそ、そこに初めて「生きる力」が湧いてくるのだと思うのですが…

「命の深いところに刻まれた罪業のようなものを、一気に出し切った」と書く一方で、
「私は、人間は死んであの世に行って仏さんになるとは思ってませんので、お骨についても私たちの気のすむようにすればいいと考えています。」P126とも書いています。
この業という考え方は、善または悪の業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽または苦の報い(果報)が生じるとされるという仏教の説ですので、輪廻と強く結びつく概念で、死後を「燃え尽きた星と同じように大宇宙に溶け込んでいる」というような捉え方とは矛盾します。業は、ちょっとやそっとではチャラにしてもらえるほど甘くはなく、楽観的に過ぎるように思います。

もちろん御遺骨はただの物質ですから、子供の遺骨は確かに親の気の済むようにすればいいというのは賛成ですが、「死んであの世に行くと思っていない」と聞くと、正直、僧侶の立場としては、「?」とならざるを得ません。死後の世界を否定するということは、今生の生活が無意味だと言っているようなものだと思います。
存在は全て、この世の前、この世、後の世、と連綿と続いており、だからこそ、魂、霊格の向上を目指して、この世で努め続ける必要があります。
この世「苦の娑婆」を生きる意味は、魂、霊格の向上にほかなりません。重い肉体によって魂に、足かせやバーベルのように負荷をかけているからこそ修行になるのです。

お母さんの著書を通して描かれていることは、現実世界に起きたことの羅列ですので、その現実生活の裏にある「目に見えないこと」に対するイマジネーションがあまりにも不足していることが残念です。恐らく、お母さん自身、「目に見えないものは存在しない」と思っているのでしょう。
「死生観が曖昧になっている」と書いていますが、いくらでも学ぶ手段はありますので、曖昧にしているのはお母さん自身ではないかと、あえて厳しいことを申し上げます。

最後に、お母さんは5年前に亡くなられておりますので、普通でしたら、彩花さんと再会できて、「めでたしめでたし」にしたかったのですが、著書の中で、「燃え尽きた星と同じように大宇宙に溶け込んでいるであろう彩花」と書かれており、死後をそのようにイメージしていることが分かります。死後は各自の想念の世界ですので、お母さんが、自分自身でイメージした通り、燃え尽きた星状態になり、広大な宇宙をウロウロとさまよっているのではないかと大変危惧しております。

2022年 「4月の標語」

こちらの世界は
すべて観念の世界であるから
間違った考えを懐いていれば
全部が間違ってきてしまう

――― 『新樹の通信』第三篇(一)帰幽後の一仏教者

今月のテーマは、既成宗教についても含まれておりますので、仏教寺院にとっては耳の痛い部分もありますが、ご存じのように、この標語のページでは、死後の世界の真実をお伝えするために書いておりますので、あえてそのままお伝えします。

ある日新樹は、父和三郎に、一人の熱心な日蓮信者に会って死後の感想を聞いたときのことを話しました。

(新樹)僕が指導役のお爺さんにお願いして、わざわざ連れて来ていただいたのです。
僕は生前、仏教の事も、キリスト教の事も、少しも知らなかったので、それ等、既成宗教の信者がこちらの世界へ来てどんな具合に生活しているか、また、どんな考えを懐いているか、一つ実地に調べてみたいと思ったのです。そうするとお爺さんは、見本として菊地という一人の老人を連れて来てくれたのです。
(和三郎)菊地さんが、よほど堅い法華(ほっけ)の信者だったのかしらん!
(新樹)そうらしかったのです。平生から血圧が高く、医者から注意されていたので、仏の御力に縋(すが)ったらしいですが、格別病気がよくもならず、脳溢血で倒れたというのです。
(和三郎)脳溢血で急死したのでは、相当永く(死後の)自覚ができなかっただろうね。

(新樹)ええ、何年無自覚でいたか、自分にもさっぱり見当がとれないと言っていました。
ところが、ある日、遠くの方で、菊地、菊地と名前を呼ばれるような気がして、ふと眼を覚ますと、
枕元に一人の白衣の神さんが立っていたそうで、その時は随分びっくりしたといいます。
ともかくもおじぎをすると、お前は仏教信者として死んだが、仏教の教えには、大分方便が混じっているから、その通りには行かない。こちらの世界には、こちらの世界の不動の法律があるから、素直に神の言うことをきいて、一歩一歩着実に向上の道を辿らねばならない。お前のように、いちずに日蓮に導かれて、何の苦労もなく、すぐ極楽浄土へ行って、ボンヤリ暮らそうなどと考えても駄目である…。
ざっと、そんなことを言い聞かされたと言います。

(和三郎)菊地さんは大分あてが外れた訳だな。
(新樹)大いにあてが外れて憤慨したらしいです。なにしろ相当、我の強い人ですから、さんざん神さんに食ってかかりました。――信仰は各人の自由である。自分はかねて日蓮様を信仰したものであるから、どこまでもそれで行きたい。そのお導きで、自分はきっと極楽浄土へ行ってみせる・・・・・。

(和三郎)法華信者はなかなか堅いからなぁ。先入主というものは容易に除(と)れるものではない。
(新樹)なかなか除(と)れないものらしいです。とにかく、何と言われても、菊地さんが、がんばってきかないものですから、神さんの方でも、とうとう本人の希望通りで、仏教式の修行をさせたそうです。
そこが有難いところだと思いますね。神さまは、決してその人の信仰に逆らわないで、導いてくださるのですね。
僕なんか気が短くて、下らないことを信じている人を見つけると、すぐに訂正してやりたくなりますが、結局、それではダメらしいです。
間違った人には、そのまま間違わしておいて、いよいよ鼻を打った時に、初めて本当の事を説明してやる・・・
どうもこれでなければ、人を導くことはできないようですね。
菊地という人なんかも、やはり、その手で薫陶されたらしく、やがて一人の坊さんの姿をした者が指導者となり、一生懸命にお題目を唱えながら、日蓮聖人を目標として、精神の統一を図るように仕向けられたと言います。
そしてその間には、日頃お説教で聞かされたような、随分恐ろしい目にも逢わされ、亡者のウヨウヨしている、暗い所を引っ張りまわされたり、生ぬるい風の吹く、不気味な砂漠を通らされたり、とても歩けない、険阻な山道を登らされたり、世にも獰猛な天狗に攫(さら)われ損ねたり、また、めらめら燃える火焔の中をくぐらされたり、その時の話は、とても口では述べられるものではないと言っていました。
とにかくこれには、さすがの菊地老人も往生し、はてなと、少し考えたそうです。

・・・自分は決してそれほどの悪人ではないはずだが、どういうわけで、こんな恐ろしい目にばかり逢わされるのかしら・・・。事によると、これは心の迷いから、自分自身で造り上げた、幻覚に苦しめられているのではあるまいか。なんぼなんでもあんまり変だ・・・・・。

(和三郎)なかなかうまい所に気がついたものだ。
近頃マイヤースの通信を見ると、帰幽直後の人達は、たいてい、夢幻界に住んでいるというのだ。
つまり、それらの人達は、生前、頭にしみ込んでいる先入観念に捕えられ、その結果、自分の幻想で築き上げた一の夢幻境、仏教信者ならば、うつらうつらとして、蓮の台(はすのうてな)などに乗っかっているというのだ。
そんなのは、一種の自己陶酔で、まだ始末の良い方だが、困ったことに、どの既成宗教にも、地獄式の悪い暗示がある。菊地さんなども、つまりそれで苦しめられた訳だろう。

(新樹)そうらしいですね。とにかく、菊地さんが、変だと気がつくと、その瞬間に、これまでの恐ろしい光景は拭うがごとく消え、そして法衣を着た坊さんの姿が、カラリと白装束の神さんの姿に急変したと言います。
菊地さんは、つくづくこう述懐していました。
・・・先入主というものは、実に恐ろしいものだ。娑婆にいる間はそれほどでもないが、こちらの世界は、すべて観念の世界であるから、間違った考えを懐いていれば、全部がその通り間違ってきてしまう。

(菊地談)今日から考えると、仏教というものは、言わば、一種の五色眼鏡で、全部ウソというわけでもないが、しかしそれを通して見る時に、すべてのものは、ことごとく一種の歪みを帯びていて、赤裸々々の現象とは大分の相違がある。
人間が無知蒙昧である時代には、あんな方便教も必要かも知れぬが、今日では、たしかに時代遅れである。現に自分なども、そのためにどんなに進歩が遅れたか知れぬ。
そこへ行くと、神の道は現金掛値なし、蓮の台(はすのうてな)も無ければ、極楽浄土も無く、その人の天分次第、また心掛け次第で、それぞれ適当の境地を与えられ、一歩一歩向上進歩の途を辿り、自分に与えられた力量の発揮に全力を挙げるのだからまことに有難い。それでこそ初めて生き甲斐がある。
自分などは、まだ決して理想的の境地には達しないが、しかし立派な指導者が付いて、何くれと導いてくださるので、少しはこちらの世界の実状にも通じてきた。
殊にうれしいのは、自分に守護霊が付いていることで、今ではその方ともしょっちゅう往来している。それは帰幽後五百年くらい経った武士で、なかなかのしっかり者である。

(和三郎)菊地さんの守護霊は、やはり戦国時代の武士だったのか、道理でしっかりしているはずだ。
それはそうと、菊地さんに付いていた坊さんが、急に神さんの姿に早変わりをしたというが、あれはどういう訳かしら。
(新樹)僕も変だと思いましたから、いろいろ訊いてみましたが、死んだ人には、宗教宗派のいかんを問わず、必ず大国主神様からの指導者が付くものだそうです。
しかし仏教信者だの、キリスト教信者だのには、先入的観念がこびりついていて、真実のことを教えても、なかなか承知しないので、本人の目の覚めるまで、神さんが一時坊さんの姿だの、天使の姿だのに化けて、指導しているのだそうです。
随分気の永い話で、僕達には、まだとてもそんな雅量はありませんね。(後略)
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上記の内で、もっとも重要なのは
「こちらの世界は、すべて観念の世界であるから、間違った考えを懐いていれば、全部がその通り間違ってきてしまう。」だと思います。
死後の世界として最も知られているのは「天国と地獄」だと思いますが、皆さんは、何処にこのような世界が存在すると思われますか? 現世とは別次元に存在するものと思いますか?
死後の世界が、想念の世界とするなら、天国も地獄もそれぞれ各自の想念の世界に存在するということが出来ると思います。
今を天国のように優しく清らかな気持ちで過ごしている方にとってはそこが天国であり、体と魂が分かれた後も行くべき世界は天国です。逆に、邪な気持ちで悪意を持って生活している人はそこが地獄であって、死後も地獄へ直行ということになるでしょう。悪い心を持ちながら、人の不幸を願っていると、死後は同じような悪い心の人達と暮らすということになるのです。

『人を呪わば穴二つ』という諺を聞いたことがある人は多いと思います。その意味は、「他人を陥れようとしたり、その人の身に不幸が訪れるように願ったりすると、自分にも同じ報いが訪れる」ということ。
人を呪うという行為には「存在そのものを否定し、この世から消えてほしい」と願うほど強い憎しみを持っていることを意味しますが、このように強力なマイナスの想念は、呪いたい相手のみならず、自分自身にも何らかの影響を及ぼすことになるから覚悟しなさい、と警告するための諺なのです。
 ですので、間違ってもいわゆる悪い想念だけは決して持たないように努めることを最優先にしましょう。

個人個人のレベルでは、それぞれの持つ想念は、見た目としてはオーラとして見えることもあります。
怒りに満ちていたり、物欲が強く、拝金主義の人のオーラはどんよりと暗く、逆に、常に人々の幸せを願いながら生きて、徳を積んだ方は清々しく明るい光を放っています。
そして死後は、それぞれが持つそうしたエネルギーの世界に引き寄せられていくのです。なので、日ごろから、何事にも、明るく、朗らかに、光を想い、生きていくことが必要だということはお判り頂けることと思います。

現在、ロシアがウクライナに武力で侵攻していますが、これなどまさに悪い想念に支配されてのことです。
沢山の人々の命を奪ったり、その国の建物や文化を破壊するような行為は、どのような理屈をもってしても許されないことですし、良い結果など生まれるはずもありません。このような道理を理解できないのは、霊として悪魔の段階に堕してしまっている証左です。
 ただ、今は、何事も即座に世界中に知れ渡ってしまう時代ですから、惨状を目の当たりにし、世界中の人々がこのような事態に心を痛めています。強く平和を祈れば必ず良い方向へ動いていくと確信しますので、皆さんの良い想念で一日も早く平和が訪れますように、共にお祈りしましょう。合掌

2022年 「3月の標語」

現在僕を指導してくださるのは
どれもこちらへ来てから附けられたもので
皆で五人居ります

――― 「新樹の通信」第一編(五)彼岸の修行

皆さん、ご自分の守護霊様の存在を感じたことはありますか?
私の70年の人生でも、今まで山あり谷あり、様々な出来事がありました。その中でも、奇跡としか言いようのない機会やご縁を頂け、ここまで歩んでくることができたのは、よほど強力な守護霊様がついていて下さるに違いないと常日頃から実感しております。
比較的若い時分から、傍目から見れば、最悪の状態に見えそうな事柄(例えば大病)でも、何故か、確たる根拠もなく、これはこれから物事が良くなっていく契機なのだと捉えることができ、悲観的にはならずに済みました。そして、守護霊様が守って下さっているという感覚が常にありますので、毎晩寝床に入り、眠りにつく前に必ず守護霊様に「今日も一日有り難うございました。」とお礼を申し上げて参りました。
 ですので、先月の標語で、「いわゆる見える方」について書きましたが、10年ほど前に彼から、私の背後に金色のお髭を生やした真っ白に輝く神々しいお爺さんが見えると言われた時にも、即、納得してしまいました。
 ただ、これはもちろん私だけでなく、どのような方にも必ず守護霊様はついていて下さいます。

先日来取り上げております「新樹の通信」にもこのような一節があります。
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和三郎 : お前にはやはり生前の守護霊が附いて居て、その方に指導してもらっているのか?
新樹 : 現在僕を指導してくださるのは、どれもこちらへ来てから附けられたもので、皆で五人居ります。その中で一番僕がお世話になるのは一人のお爺さんです。
和三郎 : その五人の指導者達の姓名は?
新樹 : めいめい受持ちがあって、想えばすぐ答えてくださるから名前などは要らないです。
和三郎 : その五人の受持ちは?
新樹 : むずかしいなぁどぅも…。まだ僕には答えられない。
とにかく僕が何かの問題をききたいと思うと、五人の中の誰かが出て来て教えてくださる。
和三郎 : 幽界でお前の案内をしてくれる人もあるのか?
新樹 : ありますよ。案内してくださるのはお爺さんの次位(つぎ)の人らしい…。
和三郎 : 現界と通信する時は誰が世話してくれるのか?
新樹 : いつもお爺さんです。
和三郎 : 勉強して居る科目の内容はどんなものか?
新樹 : 僕慣れていないので、細かい話はまだできない。よく先の事…神界の事などを教えられます。
                              ( 第一編(五)彼岸の修行p22)
・・・・・・・・・・・・・・
これを読んでくださっているアナタ、もし、今までご自分にも守護霊様がついていて下さると実感したことがなくても、今、現にアナタのすぐそばに守護霊様はいらっしゃるのですよ。

以前、ご紹介した高級霊シルバーバーチも以下のようにおっしゃっています。
「人間一人ひとりに守護霊がついているそうですが…」との問いかけに対し、以下のように答えて下さっています。
「母体における受胎の瞬間から、あるいはそれ以前から、その人間の守護の任に当たる霊がつきます。そしてその人間の死の瞬間まで、与えられた責任と義務の遂行に最善をつくします。守護霊の存在を人間が自覚すると否とでは大いに違ってきます。自覚してくれれば守護霊の方も仕事がやりやすくなります。守護霊はきまって一人ですが、その援助に当たる霊は何人かおります。守護霊にはその人間の辿るべき道があらかじめわかっております。が、その道に関して好き嫌いの選択は許されません。つまり自分はこの男性にしようとか、あの女性の方がよさそうだ、といった勝手な注文は許されないのです。こちらの世界は実にうまく組織された機構の中で運営されているのです。」

「 自分は今まで良いことなどほとんどなく、運がよくなかったので、守護霊様がついていないのではないか」と思う方もいるかもしれません。ですが、そんなアナタにももちろん守護霊様はついています。うまくいかないなかでも、どのように本人が対応し成長していくのかを長い目で見守ってくださっていますし、これから成功が待っているかもしれません。必ずしも本人にとって都合の良い事ばかりに導くのが守護霊様ではないのです。
時には、本人が成長するために厳しい試練を与える場合もあるのです。今までに体験したことのない出来事に遭遇した時は、守護霊様からの試練の場合の可能性があります。これも全てその人の霊的向上を願っているからです。
「守護霊の存在を人間が自覚すると否とでは大いに違ってきます。自覚してくれれば守護霊の方も仕事がやりやすくなります。」と述べられていますが、私的にはこの部分が非常に重要な気がしています。
どのような困難に直面しても、それをサポートしてくれる守護霊様の存在を常に信じ、感じ取る努力をし続ければ、自分の想像を遥かに超えたお力添えを頂けます。センサーを研ぎ澄ませて、守護霊様からのサインに敏感になってみてください。

さて、以下は「私の守護霊(祖先)に関する体験談」として「龍樹さん」がブログにアップしていた記事です。
https://ameblo.jp/vb8dv3/entry-12655397568.html   2021-02-08 14:00:25

これは私が幼少の頃の話です。
母が近所のスーパーに買い物に行ったりして、たまに家で留守番をしているときに、不安になって「お母さん」と呼ぶと「はーい」という女性の声が普通に聞こえました。普通に何度もそんなことがありました。
まだ4歳くらいでしたので、特に不思議に思うこともなく、ある時、母と夕食を食べているときに、「お母さんって、家にいなくても、返事してくれてすごいね!」みたいなことを言ってたみたいなんです。(この会話のことは、私は覚えていなくて、後から聞きました)
夕食が終わり、私が風呂に入って寝静まった後、会社から帰ってきた父に母が、息子がこんな面白い話をしていたということで、私が話したことを伝えたそうです。

そこで、面白く思った父は、息子である私に内緒で会社が休みの日に母にわざと短時間外出してもらい、私をこっそり観察してみたそうです。
母が外出してしばらくすると、私がおもちゃで遊びながら、無意識に「お母さん」と呟いたそうなんですが、すると「はーい。」という声が父の耳にも聞こえたそうです。
父も心霊体験は一度か二度(バイクで走ってるときにお化けに追いかけられたw)あったものの、これには驚いたようです。
ただ、その声がすごく優しい口調で、慈愛に満ちた感じだったようで、心配することはなかったとのこと。ただ、心臓が飛び出るほど、びっくりしたそうですw

それから、私も徐々に視覚化や呼吸法のトレーニングをして、霊的なものがみえるようになりましたが、見えるようになってわかったことが、その女性が着物を着た私の父方の祖先の女性であること、そしてその女性の側には幼い娘がいつもいることです。
その幼い娘は、私が長女を授かると同時に消えました。このことが意味することはわかりますよね?実はこの親子には悲しい歴史があるのですが、あまりに悲しすぎるので、ここでは書きません。ひとことだけ申し上げると私の家は大名に仕えていた武家です。
さて、私の側に常にいるこの女性の守護霊ですが、私の会社勤務時代の後輩に見破られたことがあります。その後輩はとある有名武将の子孫で、その武将に滅ぼされた者達の怨霊に取り憑かれており、色々な災難に見舞われてました。こっそり、浄化してあげましたが、それまでは、父方の男性が皆短命であったり、付き合う女性とことごとくトラブったり大変だったようです。

話は脱線しますが、先祖が武家というと、羨ましく思う人もいますが、決してそんなことはなく、過去の祖先が必ず大量に人を殺してしますので、そのカルマを負うことが多いです。。。

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実は、ウチのお参り先にも、もと織田信長のかなり有名な家臣だった方の子孫の御家があるのですが(そのことをそこの奥様が自慢気におっしゃるので(-_-;) )、現在、あまり良い状態にはなっていなくて、その家に足を踏み入れただけでも「いや〜な」感じがするのです。(もちろん、そのようなことは、そのおウチの方には、絶対に言っていませんが(-_-;) )やはり、因縁というものはあるのだと実感しています。
戦国大名の人気度調査を頻繁に目にしますが、先日も以下のような記事を見かけました。
2020年12月28日(月)にテレビ朝日系列で放送の「国民・専門家・AIがガチで選ぶ 戦国大名総選挙」。全国1万4000人の国民による投票・専門家・AIで、ガチで選んだ最強戦国大名ベスト30にランクインした戦国大名は誰か?という記事で、1位織田信長、2位武田信玄、3位豊臣秀吉、という結果でした。
これに限らず、織田信長が1位というのは、結構見ます。ただ、霊格的見地から見ますと、織田信長はあまりおすすめできませんので、もしアナタが、信長を好き、とか親近感をお持ちでしたら、ぜひ考え直して頂くことをお願いしたいと思います。

なんだか暗い話になってしまいましたが、そもそも、現世においても、霊界においても、生きる目的は霊格の向上が全てです。それがすなわち、霊界全体、顕界(現世)全体の向上になるのですから、やはり各自が霊格を向上させたいという自覚をもって、日々の生活を送っていく必要があると痛感しています。
 皆さんにとって最大の不幸は「死」だと思いますが、実は、別に死ぬことなど不幸なことでもありません。何故ならこの世は修行する為に生まれてきた苦の娑婆ですから、卒業できることはむしろ喜ばしいことなのです。避けるべきは、霊的向上のためこの世に生まれてきたはずなのに、以前より霊的に堕落してしまうことです。死ぬことを恐れ、生に執着し、長生きだけを目的にして生きることを選び続ければ本末転倒な結果となりますので、くれぐれもご注意頂きたいと思っています。

2022年 「2月の標語」

幽界へ行ったものが
どうして 自覚が速かったり
遅かったりするのだろう

――― 「新樹の通信」第一編(九)再生問題その他 P57

もう10年以上前のことになりますが、毎月のお参りでTさんの御家に伺った時のことです。Tさんは当時、80代後半でいらっしゃいました。お勤めが終わり、お茶を頂いておりますと、Tさんが「庵主様、実は先日夢を見まして、それが、明らかに死後の世界を見せて頂いたようなのです。
一つは極楽のように見えるお花畑のような美しい世界でしたが、もう一方は薄暗く、じめじめとした、ぬかるんだような場所に、人の頭がゴロゴロしておりました。」とのことでした。忘れてはいけないと、絵にまで描いておられ、それも見せて頂きました。

先月から、浅野和三郎氏の次男新樹の「霊界からの通信」をご紹介しておりますが、第一編の最後に以下のような節が出ておりまして、これを読んだ時に、突然、Tさんの描かれた絵を見せて頂いたときのことを思い出しました。
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和三郎「幽界へ行ったものがどうして自覚が速かったり遅かったりするのだろう。」
新樹「やはり信念の強いもの(死後の世界への理解が深い者)が早く自覚するそうで、その点に於いて近代日本人の霊魂は甚だ成績が悪いようです。現に僕なども自分の死んだことも自覚せず、又自分の葬式の営まれたことも知らずに居た位ですからね…。」
和三郎「唯物論者…つまり死後個性の存続を信じない連中は死後どうなるのかナ?」
新樹「非常に自覚が遅いそうです。」
和三郎「一つこれから自覚していない人たちの実況を見てくれまいか?」
新樹「承知しました。(数分の後)……今その一部を見せてもらいましたが、イヤどうもなかなか陰惨ですね。男も女も皆裸体で、暗いところにゴロゴロして、いかにも体がだるそうです。僕は気持ちが良くないというよりか、むしろ気の毒の感に打たれ、この連中はいったいいつまでこの状態に置かれているのですかと御爺さん(指導霊の一人)に聞いてみますと、この状態は必ずしも永久に続くのではない。中には間もなく自覚する者もある。自覚する、しないは本人の心がけ次第で、他から如何ともし難いのだ、という返事でした…」
「新樹の通信」第一編(九)再生問題その他 P57
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文中、新樹は「僕なども自分の死んだことも自覚せず、又自分の葬式の営まれたことも知らずに居た位ですからね…。」と述べていますが、彼にとって幸いだったのは、父の浅野和三郎博士や、叔父の浅野正恭中将立ち合いの下で霊媒を通じて、現界との通信を開くことができたことでした。
新樹は死の直後、その自覚を持っていなかったそうで、夢中で頭部や腹部の苦悩を訴えたそうです。その時、叔父の正恭中将が、軍人気質で、単刀直入に彼がすでに肉体を棄てた霊魂に過ぎないことをきっぱり言い渡し、一時も早い彼の自覚と奮起を求めたそうです。
『えっ!僕、もう…死んだ…僕…残…念…だ…。』そう、絶叫しながらその場に泣き崩れたといいます。
悔しいやら、悲しいやら、実にたまらない気がしました。と後で本人も述べています。


通常の場合、死に際に、ここまで環境に恵まれることは稀有のことですので、私がご葬儀をお勤めさせて頂く場合は、何よりご本人に「死んだ」ことに気がついて頂くことを最優先に致します。
もちろん、ほとんどの方は気がついて下さるのですが、僧侶としましては、なんとかして全ての方にしっかりと気がついて頂くのが勤めですので、そのように願いつつ、ご本人に話しかけながら、ご葬儀を行う様にしております。

普通に生活していても、死んだことに気づいていない人は周りに結構いらっしゃいまして、街中を普通に歩いていたり、あるいは、お寺を徘徊したりもします。
病気で長期間患ったりすることはつらいことですが、死ぬための心の準備ができるという点では結構メリットもあり、一番困るのが事故で突然、体と魂が分離を余儀なくされる状態だと思います。交通事故現場などは、死んだことに気づかずいつまでもそこら辺を徘徊しているような霊もあるのです。
以前、ウチの檀家の男性で「いわゆる見える方」のお話をしましたが、彼が、交通事故の現場を通りかかったときのことです。車に挟まれた人を助け出そうとしていた救急隊員の方の肩を、(その挟まれた人は事故の瞬間に体からすでにポンと抜け出してしまっていたのですが)、一生懸命、自分は「ここだ、ここだ」と、後ろから叩いていたのだそうです。

通常の場合は、自分の守護霊たちや、両親などの肉親がいわゆる「お迎え」に来てくれるので、気がつくことになるのですが、「そんなはずはない」、といった思い込みの強い方は、その「お迎え」をなかなか受け入れることが困難のようです。
 「死んで」体と魂が切り離された状態になっても「自分」という意識は全く変わらないので、なおさら気づきにくいこともあるかもしれません。
2020年11月の標語で「『あの世』の存在を信じる日本人は全体の40%」と書きました。
「現代の日本人の6割の人が「死後の世界は存在しない」と考えているらしい」という記事をこの時ご紹介しましたが、新樹が「近代日本人の霊魂は甚だ成績が悪いようです。」と書いている事態と一致しますので、残念ながら昭和初期の頃とあまり事態は変化していないようです。
 死後の世界を信じていないと、「死んだらそれっきり」「無」になるはずと思い込んでいますから、意識が相変わらずあれば、とても「死んだ」ということが受け入れがたいのはわかります。

ただ、この標語で繰り返し、何度もお願いしておりますように、死は終わりではなく、死後の世界は当然存在します。
死後の世界を具体的に語っている一例として、臨死体験があります。
https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201711_post_15159/

 イギリス・ブリストルのクリストファー・ムーニー氏はかつて、死の淵をさまよった経験を持つ臨死体験者です。この時に感じたことをムーニー氏は3つに分けて説明しています。

1. 極度の静寂に包まれました。人々は死を恐れますが、一度この静寂を味わってもはや何もできないことを知れば死に際して平安を見いだすことができるでしょう。この時に私はこれまでの人生で最も心が安らぐ静寂を体験しました。
2. これまでの人生をとても反省しました。よく死の間際にこれまでの人生を一瞬で追体験する“走馬灯”がよぎるという話がありますが、それは本当です。私はこれまでの人生を振り返って考え、その都度迫られる選択や判断がもっと良いものにできたのではないかと反省しました。
3. 奇妙に思われるかもしれませんが、死へと向かう最中、これは“ラッキー”な体験であると感じました。ユーモアも感じられて逆説的に「私はなんて不幸なんだ!」って笑いがこみ上げてきました。
「この体験は私に多くの発見をもたらしました。私はこの時まで無神論者でしたが、このまま死が訪れても人生が終わるわけではないと感じました。ただ別の場所へ行くだけです」
臨死体験中、恐怖はまったく感じなかったというムーニー氏ですが、それは脳がすぐさま死を迎える準備を整えたからだといいます。
「私の脳の思考モードが変わり、私はすべてを理解し、すべてのことに備えました。人間の身体と脳は死に対して完全に準備されているようです」
 臨死体験で死後の世界を実感したというムーニー氏の世界観、人生観はこの日を境に大きく変わったようです。

死んだらすべて終了になるかと言えば、そんなことは絶対にありません。命というものはそんなに短いものではなく、「死ぬ」ということはいわば「家に帰る」ようなものなのです。
誰にも家があって、必ずそこに帰ってくるように、死んだ後はあの世と呼ばれる世界に帰っていきます。そして新樹もいっていたようにあの世にも自分の家があるのです。
肉体は物質でありこの世のものなので、それを持って行くことはできません。死というのは、この世での仕事や学び(修行)が終わって、肉体を脱ぎ捨ててあの世の本来の世界に帰ることなのです。
この世で死んだ後も、命は続いていくからこそ、この世を生きる意味があります。死んですべてが終わりなのであれば、生きる意味などないと思いませんか。でも、そうではないからこそ、すべての経験に意味があり、無駄になるものなど一つもないのです。そうして、何度かこのように生まれ変わり死に変わりを繰り返しながら、霊格の向上を目指していくのです。あの世は皆様の霊格に応じた差別の世界ですから、少しでも向上できるよう努め続けるのが本来の在り方です。ジメジメした暗い世界を這いずり回りたいと思うような方はいないでしょう。
いずれ必ず死ぬ瞬間は訪れるのですから、その時の為に、十分予習なさることをお勧めします。

そもそも、存在の中で、突然消え失せ、跡形も無くなるなどという事象は一つもありません。目の前から品物が消えてなくなるように見える手品でも、タネはあるのです。この世の全てが、形や状態、条件を変えて、流転していくのです。いきなり、ブツッとそこで途切れて跡形もなくなるような存在は皆無なのです。それを「無」になると考えることのほうが不自然で、存在そのものが「無意味」だと決めつけることと同じです。それは「傲慢」以外の何物でもありません。

繰り返しになりますが、僧侶としての私の立場といたしましては、皆さんが「死んだ」時には、ご自分の状態に一刻も早く気づき、冒頭述べたような、悲惨な状態に陥ることのないように切に願いながら、お勤めしております。

2022年 「1月の標語」

幽界で一番重きを置くのは
やっぱり精神統一で
これをやると何でも判ってくるのです

――― 『新樹の通信』浅野和三郎

浅野 和三郎(あさの わさぶろう、1874年(明治7年)8月9日生 )は、日本の心霊主義運動の父とも言える日本における心霊科学研究の第一人者です。
1896年(明治29年)、東京帝国大学に入学、同時期に小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)が英文学担当教師として赴任し、教えを受けました。
1899年(明治32年)に同大学英文学科を卒業。海軍に請われて、横須賀にある海軍機関学校の英語教官に赴任します。
1915年(大正4年)の春、三男の三郎が原因不明の熱病になりましたが、多数の医者に見せても回復しなかったものが、三峰山という女行者の言葉通りに快癒した事から、それ以後、心霊研究に傾倒することになりました。
1923年(大正12年)3月、「心霊科学研究会」を創設。
1928年(昭和3年)、ロンドンで開かれた第三回国際スピリチュアリスト会議(世界神霊大会)に出席し、グロートリアン・ホールにて「近代日本における神霊主義」の演題を英語で講演しました。さらにロンドンで霊媒や降霊会を訪ね、パリ、ボストン等を歴訪し、心霊関連の文献を多数持ち帰りました。この実績をもとに、日本国内での心霊主義(スピリチュアリズム)の啓蒙活動を行います。
1929年(昭和4年)5月に名古屋に「中京心霊協会」が、同年7月に大阪に「大阪心霊科学協会」が、そして12月に東京に「東京心霊科学協会」が相次いで設立されて心霊研究の実行機関が各地に設置されました。
「東京心霊科学協会」では、1930年(昭和5年)1月15日に設立記念の新年総会を開催し、1月17日に新事務所開きを行って、活動を展開し始めました。

家族は、妻多慶子と子供が4人いましたが、今回取り上げるのは次男新樹(しんじゅ)との交信の記録です。
妻多慶子は三男の三郎の病気が治った翌年から、霊的な能力を見せ始め、新樹の死をきっかけに霊言(トランス・トーク)を行うようになり、『新樹の通信』、『小桜姫物語』(ともに霊界見聞録等の内容)を収録し出版しました。
浅野和三郎氏は、1936年(昭和11年)末、『小桜姫物語』の原稿をまとめ上げ出版の準備を終えた後、1937年(昭和12年)2月1日急性肺炎を発症。2月3日に急死しました。(62歳没)
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新樹は明治37年(1904年)6月10日に生まれましたが、仕事で滞在していた大連で昭和4年(1929年)2月28日にわずか25歳で病死します。
『新樹の通信』は、新樹自身の希望により、彼の死後百か日の後、彼の母を霊媒として死後の世界について語られてきた報告です。本書の中で、彼自身が巻頭の挨拶の中で「何と言おうがもう致し方がないのですから、僕のようなものにも次第にアキラメがついてきまして、現世で使い得なんだ精力の全部を一つみっちり幽明交通の仕事に振り向け、父の手伝いをしてやろうという心願を起こしました。それが現在の僕にとって活きて行くべき殆ど唯一の途なのです。」述べています。
この『新樹の通信』を今回取り上げましたのは、死後の世界について非常に分かりやすく述べられており、新樹が没後すぐに交信してきたものですから、私たち自身の”その時”について、非常に参考になると思われたことからです。
死後の世界は、スピリチュアリズムにおいては、幽界・霊界・天界・神界のように区分されていると説かれますが、『新樹の通信』は死の直後の幽界からの通信ということになります。

今月は、まず『第一篇』から御紹介しましょう。
彼の父、つまり浅野和三郎氏の問いかけに答えて、問答は進んでいきます。衣服や日常について尋ねられ、以下のように答えています。
今、着ているのは白い着物。(その後は、場面に応じて、洋服になったり、色のついた着物もでてきます)
*食事はしない
*睡眠もしない(場合によっては眠ることもあるそうですが、新樹は眠らなかったようです。)
*月日の概念がない
*こちらの世界の人の言葉は、聞こえるのではなく波のように”感じる”
「現にお母さんは所中僕の事を想い出してくださるので、お母さんの姿も、心持も、一切が僕に感じて来てしょうがない・・・」と新樹は言っています。
*死んだことにいつ気がつくのかという問いには
「それは本人の信仰次第で、真の信仰のある者は早く覚めるそうです。信仰のないものは容易に覚めるものではないといわれます。」
これは新樹の守護霊からの返答ですが、信仰とは、ここではいわゆる宗教にたいする信仰ではなく「正しい心霊学の理解」と解釈したほうが良いと思います。
霊的に受け入れる準備が出来ていない霊魂は、しばらく眠った状態だそうですが、修行が進めばずっと意識がはっきりしてくると思われます。
それにしても、自分が死んでからいつまでも目覚めず、ず〜っと寝ているなど考えただけで嫌ですよね。
えっ‼かまわない?そのような方には言うべき言葉が見つかりません(-_-;)

*幽界の居住者の姿は静と動の二通りあり、静的状態は紫っぽい、軽そうな、フワフワした球体またはクラゲのようだそうで、浄化するにつれて色が薄くなり、やがて白くなるようです。
動的状態とは外へ向かって働きをする時のことで、作ろうと思えば観念で、いつでも自分の姿を作れるようです。霊界からの通信の多くは生前と同じ姿か、それを理想化し、美化したような固定的な姿をしているかのように読み取れるものが多いのだそうです。

*自分の体は触っても生前そのままのようで、足などもあるようで、これが死を自覚しない未浄化霊には「自分は死んでない」という錯覚を生む原因でもあります。
*住環境については、洋館に住みたいと考えたら洋風の部屋にいたそうです。このことから、幽界での家は純粋な自己表現の場であると判ります。欲しいものが何でも出現する快適さが理由となって、先へ進む(幽界から霊界へ向上する)意欲がわかない霊魂もいるそうです。
ただし、静的状態に戻れば家も庭も消えて”何処に居る”という観念も消えます。

さて、ここからが今回の本題で、幽界において主に行うこと、どのように過ごしているか、についてです。「修行が進めばずっと意識がはっきりしてくる」と書きましたが、本書において浅野和三郎氏は「しかし幽界の修行の中心は、詮じつめれば之を精神統一の一語に帰し得るようです」とおっしゃっています。
”精神統一・・・これは現世生活に於いても何より大切な修行で、その人の真価は大体これで決せられるようであります。五感の刺激のままに、気分の向かうままに、あちらの花にあこがれ、こちらの蝶に戯れ、少しもしんみりとした、落ち着いたところが無かった日には、五七十年の短い一生はただ、一場の夢と消え失せてしまいます。人間界の気のきいた仕事で何か精神統一の結果でないものがありましょう”
が、物質的現世では統一三昧にふけらずとも、どうやらその日その日を暮らせます。ところが、いったん肉体を棄てて幽界の住民となりますと、すべての基礎を精神統一の上に置かなければ到底収まりがつかぬようです。
新たに帰幽したものが、通例何より苦しめられるのは、現世の執着であり、煩悩であり、それが心の闇となりて一寸先も判らないようであります。地上の闇ならば、これを照らすべき電燈も、またガス燈もありますが、帰幽者の心の闇を照らすべき燈火は一つもありません。心それ自身が明るくなるより外に幽界生活を楽しく明るくすべき何物もないのであります。
そこで精神統一の修行が何より大切になるのであります。一切の雑念妄想を払いのけ、じっと内面の世界にくぐり入り、表面にこびりついた汚れと垢とから離脱すべく一心不乱に努力する。それを繰り返し、繰り返しやっているうちに、だんだんあたりが明るくなり、だんだん幽界生活がしのぎやすいものになる。これより外に絶対に幽界で生きる途はないようです。」

新樹は”もしひょっと雑念がきざせば、その瞬間、一生懸命になって先ず神さんにお願いします。するとたちまちはつらつとした良い気分になります。又、こちらでは精神統一を、ただ執着や煩悩を払うことのみに使うのではありません。僕たちは常に統一の状態で仕事にかかるのです。通信、調査、読書、訪問…何一つとして統一の産物でないものはありません。統一がよくできるできないで、僕たちの幽界における相場がきまります…。“
と言っていますが、彼は、生前には精神統一をしていませんでしたが、帰幽してから学び始めたのです。
ですから現世で精神統一をしなかったからといって少しも不安に思うことはありません。

ここまで読んでくださったアナタ、ご自分が帰幽した時、”精神統一をしなければならないのか!!!”と思われましたか?
もちろん、どのように過ごすかの自由はあるのでしょうから、それぞれの霊格の違いがここで如実に現れるということなのでしょう。その意味で、死後の世界は皆同じで平等という訳ではなく、それぞれの魂のレベルに応じた世界にいくことになるということです。
そこが明るく輝いているのか、あるいは薄暗い世界なのかは、それぞれの想念の反映ということになります。
煩悩の足かせとなる肉体を持っていないので、肉体を維持する為に必要な、食事、睡眠等が不要ですので、考えようでは、修行に専念できる環境が整っており、志せば、現世における修行よりは比較的容易なのではと思われます。
今まで取り上げたテーマの中では、最も実用的だったのではないかと思い、『新樹の通信』は、大変貴重な内容であることに改めて気がつかされます。
本書は昭和6年8月に出版された版の完全復刻版なので、旧かな使いが読みにくい方には、理解が困難かもしれませんので、ここでは可能な限り、読みやすい形にしてご紹介していくつもりでおります。

  1. ■今月の標語
  2. ■坐禅を科学する
  3. ■非思量
  4. ■悟りとは
  5. ■「元気のひけつ」
  6. ■「こころ澄まして…」
  7. ■坐禅会
  8. ■お寺でヨーガ
  9. ■写経会
  10. ■永代供養万霊塔
  11. ■お問合せ/地図
  12. ■常宿寺の歴史
  13. ■リンク