今月の標語 2022年

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2022年 「1月の標語」

幽界で一番重きを置くのは
やっぱり精神統一で
これをやると何でも判ってくるのです

――― 『新樹の通信』浅野和三郎

浅野 和三郎(あさの わさぶろう、1874年(明治7年)8月9日生 )は、日本の心霊主義運動の父とも言える日本における心霊科学研究の第一人者です。
1896年(明治29年)、東京帝国大学に入学、同時期に小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)が英文学担当教師として赴任し、教えを受けました。
1899年(明治32年)に同大学英文学科を卒業。海軍に請われて、横須賀にある海軍機関学校の英語教官に赴任します。
1915年(大正4年)の春、三男の三郎が原因不明の熱病になりましたが、多数の医者に見せても回復しなかったものが、三峰山という女行者の言葉通りに快癒した事から、それ以後、心霊研究に傾倒することになりました。
1923年(大正12年)3月、「心霊科学研究会」を創設。
1928年(昭和3年)、ロンドンで開かれた第三回国際スピリチュアリスト会議(世界神霊大会)に出席し、グロートリアン・ホールにて「近代日本における神霊主義」の演題を英語で講演しました。さらにロンドンで霊媒や降霊会を訪ね、パリ、ボストン等を歴訪し、心霊関連の文献を多数持ち帰りました。この実績をもとに、日本国内での心霊主義(スピリチュアリズム)の啓蒙活動を行います。
1929年(昭和4年)5月に名古屋に「中京心霊協会」が、同年7月に大阪に「大阪心霊科学協会」が、そして12月に東京に「東京心霊科学協会」が相次いで設立されて心霊研究の実行機関が各地に設置されました。
「東京心霊科学協会」では、1930年(昭和5年)1月15日に設立記念の新年総会を開催し、1月17日に新事務所開きを行って、活動を展開し始めました。

家族は、妻多慶子と子供が4人いましたが、今回取り上げるのは次男新樹(しんじゅ)との交信の記録です。
妻多慶子は三男の三郎の病気が治った翌年から、霊的な能力を見せ始め、新樹の死をきっかけに霊言(トランス・トーク)を行うようになり、『新樹の通信』、『小桜姫物語』(ともに霊界見聞録等の内容)を収録し出版しました。
浅野和三郎氏は、1936年(昭和11年)末、『小桜姫物語』の原稿をまとめ上げ出版の準備を終えた後、1937年(昭和12年)2月1日急性肺炎を発症。2月3日に急死しました。(62歳没)
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新樹は明治37年(1904年)6月10日に生まれましたが、仕事で滞在していた大連で昭和4年(1929年)2月28日にわずか25歳で病死します。
『新樹の通信』は、新樹自身の希望により、彼の死後百か日の後、彼の母を霊媒として死後の世界について語られてきた報告です。本書の中で、彼自身が巻頭の挨拶の中で「何と言おうがもう致し方がないのですから、僕のようなものにも次第にアキラメがついてきまして、現世で使い得なんだ精力の全部を一つみっちり幽明交通の仕事に振り向け、父の手伝いをしてやろうという心願を起こしました。それが現在の僕にとって活きて行くべき殆ど唯一の途なのです。」述べています。
この『新樹の通信』を今回取り上げましたのは、死後の世界について非常に分かりやすく述べられており、新樹が没後すぐに交信してきたものですから、私たち自身の”その時”について、非常に参考になると思われたことからです。
死後の世界は、スピリチュアリズムにおいては、幽界・霊界・天界・神界のように区分されていると説かれますが、『新樹の通信』は死の直後の幽界からの通信ということになります。

今月は、まず『第一篇』から御紹介しましょう。
彼の父、つまり浅野和三郎氏の問いかけに答えて、問答は進んでいきます。衣服や日常について尋ねられ、以下のように答えています。
今、着ているのは白い着物。(その後は、場面に応じて、洋服になったり、色のついた着物もでてきます)
*食事はしない
*睡眠もしない(場合によっては眠ることもあるそうですが、新樹は眠らなかったようです。)
*月日の概念がない
*こちらの世界の人の言葉は、聞こえるのではなく波のように”感じる”
「現にお母さんは所中僕の事を想い出してくださるので、お母さんの姿も、心持も、一切が僕に感じて来てしょうがない・・・」と新樹は言っています。
*死んだことにいつ気がつくのかという問いには
「それは本人の信仰次第で、真の信仰のある者は早く覚めるそうです。信仰のないものは容易に覚めるものではないといわれます。」
これは新樹の守護霊からの返答ですが、信仰とは、ここではいわゆる宗教にたいする信仰ではなく「正しい心霊学の理解」と解釈したほうが良いと思います。
霊的に受け入れる準備が出来ていない霊魂は、しばらく眠った状態だそうですが、修行が進めばずっと意識がはっきりしてくると思われます。
それにしても、自分が死んでからいつまでも目覚めず、ず〜っと寝ているなど考えただけで嫌ですよね。
えっ‼かまわない?そのような方には言うべき言葉が見つかりません(-_-;)

*幽界の居住者の姿は静と動の二通りあり、静的状態は紫っぽい、軽そうな、フワフワした球体またはクラゲのようだそうで、浄化するにつれて色が薄くなり、やがて白くなるようです。
動的状態とは外へ向かって働きをする時のことで、作ろうと思えば観念で、いつでも自分の姿を作れるようです。霊界からの通信の多くは生前と同じ姿か、それを理想化し、美化したような固定的な姿をしているかのように読み取れるものが多いのだそうです。

*自分の体は触っても生前そのままのようで、足などもあるようで、これが死を自覚しない未浄化霊には「自分は死んでない」という錯覚を生む原因でもあります。
*住環境については、洋館に住みたいと考えたら洋風の部屋にいたそうです。このことから、幽界での家は純粋な自己表現の場であると判ります。欲しいものが何でも出現する快適さが理由となって、先へ進む(幽界から霊界へ向上する)意欲がわかない霊魂もいるそうです。
ただし、静的状態に戻れば家も庭も消えて”何処に居る”という観念も消えます。

さて、ここからが今回の本題で、幽界において主に行うこと、どのように過ごしているか、についてです。「修行が進めばずっと意識がはっきりしてくる」と書きましたが、本書において浅野和三郎氏は「しかし幽界の修行の中心は、詮じつめれば之を精神統一の一語に帰し得るようです」とおっしゃっています。
”精神統一・・・これは現世生活に於いても何より大切な修行で、その人の真価は大体これで決せられるようであります。五感の刺激のままに、気分の向かうままに、あちらの花にあこがれ、こちらの蝶に戯れ、少しもしんみりとした、落ち着いたところが無かった日には、五七十年の短い一生はただ、一場の夢と消え失せてしまいます。人間界の気のきいた仕事で何か精神統一の結果でないものがありましょう”
が、物質的現世では統一三昧にふけらずとも、どうやらその日その日を暮らせます。ところが、いったん肉体を棄てて幽界の住民となりますと、すべての基礎を精神統一の上に置かなければ到底収まりがつかぬようです。
新たに帰幽したものが、通例何より苦しめられるのは、現世の執着であり、煩悩であり、それが心の闇となりて一寸先も判らないようであります。地上の闇ならば、これを照らすべき電燈も、またガス燈もありますが、帰幽者の心の闇を照らすべき燈火は一つもありません。心それ自身が明るくなるより外に幽界生活を楽しく明るくすべき何物もないのであります。
そこで精神統一の修行が何より大切になるのであります。一切の雑念妄想を払いのけ、じっと内面の世界にくぐり入り、表面にこびりついた汚れと垢とから離脱すべく一心不乱に努力する。それを繰り返し、繰り返しやっているうちに、だんだんあたりが明るくなり、だんだん幽界生活がしのぎやすいものになる。これより外に絶対に幽界で生きる途はないようです。」

新樹は”もしひょっと雑念がきざせば、その瞬間、一生懸命になって先ず神さんにお願いします。するとたちまちはつらつとした良い気分になります。又、こちらでは精神統一を、ただ執着や煩悩を払うことのみに使うのではありません。僕たちは常に統一の状態で仕事にかかるのです。通信、調査、読書、訪問…何一つとして統一の産物でないものはありません。統一がよくできるできないで、僕たちの幽界における相場がきまります…。“
と言っていますが、彼は、生前には精神統一をしていませんでしたが、帰幽してから学び始めたのです。
ですから現世で精神統一をしなかったからといって少しも不安に思うことはありません。

ここまで読んでくださったアナタ、ご自分が帰幽した時、”精神統一をしなければならないのか!!!”と思われましたか?
もちろん、どのように過ごすかの自由はあるのでしょうから、それぞれの霊格の違いがここで如実に現れるということなのでしょう。その意味で、死後の世界は皆同じで平等という訳ではなく、それぞれの魂のレベルに応じた世界にいくことになるということです。
そこが明るく輝いているのか、あるいは薄暗い世界なのかは、それぞれの想念の反映ということになります。
煩悩の足かせとなる肉体を持っていないので、肉体を維持する為に必要な、食事、睡眠等が不要ですので、考えようでは、修行に専念できる環境が整っており、志せば、現世における修行よりは比較的容易なのではと思われます。
今まで取り上げたテーマの中では、最も実用的だったのではないかと思い、『新樹の通信』は、大変貴重な内容であることに改めて気がつかされます。
本書は昭和6年8月に出版された版の完全復刻版なので、旧かな使いが読みにくい方には、理解が困難かもしれませんので、ここでは可能な限り、読みやすい形にしてご紹介していくつもりでおります。

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